アジアの食糧供給の最大80%を担っているのが、家族経営の農園です。小規模農業ビジネスのグローバル市場(*外部英語サイトへ移動します)の規模は、概算で4,000億米ドル以上とされています。しかし、テクノロジースタートアップ企業は小規模農家市場への参入は大きなチャンスを生む可能性がある一方で、至難の業だと感じています。
ロッキー・トイ氏(Rocky Thooi、57歳)は、マレーシアのクアラルンプール郊外70キロの場所にあるベントンにほど近い農園で、ドリアン、パッションフルーツ、ジュウロクササゲなどの果物や野菜を育てています。この地域では2020年、新型コロナウイルス感染症の流行を受けて64日間のロックダウン(都市封鎖)が実施され、多くの小規模農家も、自宅から10km以上の移動ができなくなりました。ロッキー氏も、そんな1人でした。
農家にとっても地域社会の人たちにとっても、衝撃的なことでした。「農園の多くは町の外にあり、ほとんどの農産物は地元で販売されています」とロッキー氏は説明します。農家が、購入者のもとに作物を届けられないと、作物は腐ってしまい、人々は飢えてしまいます。
ロックダウン最初の数週間のうちに、マレーシア政府は「農村部の高齢者を支援するための、チームを資金と食料品とともに派遣しました」とロッキー氏は話します。しかし政府が毎月支給してくれる補助金は農園を維持するには十分ではありませんでした。
そこでロッキー氏は、ソーシャルメディアに頼ることにしました。なかでも、補助金や支援プログラムに関する政府の情報を拡散しているマレーシア国家が運用するフェイスブック(Facebook)グループです。「若い世代の人たちが情報や手続きの方法をフェイスブックに投稿してくれたおかげで、追加資金をオンラインで申請することができました」
小規模農家の存在感
世界には、主に家族の労働力に頼っている個人または家族経営の農園が5億5,000万軒以上あり、ロッキー氏の農園もその1つです。国際連合食糧農業機関(FAO)の概算によると、家族経営の農園は、アジアの食糧の最大80%(つまり、とられている食事の4/5)を生産しています。
こうした小規模農家は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)よりもずっと前から依然として世界的にみて貧困層に該当します。にもかかわらず、小規模農業ビジネスのグローバルでの市場規模は4,000億米ドル以上と推測されているのです。
もし、アジア全域の農村の小規模農家がデジタル技術をうまく使いこなして、今は手が届いていないソリューションやチャンスが活かせるようになったとしたら? テクノロジー企業が小規模農家市場に参入できたら、世界の食糧生産で巨大なシェアを手に入れるだけでなく、多くの人を貧困から救うことができるでしょう。
「世界を救って多額の収益を上げる」――アグリテックスタートアップ企業は、小規模農家を勇気づける、こういった筋書きを立ててこの分野に参入するのです。
しかしスタートアップ企業の注目は他のところに
マレーシアのアグリテックスタートアップ企業のほとんどは、消費者に直接商品を販売するオンライン小売事業者です。例えば、サプライバニー(SupplyBunny)は2016年に、レストランや小売業者向けの食料品や備品を扱うオンラインのB2B市場を立ち上げるため、シードファンディングで30万米ドルを調達しました。TheAqiqahはヤギの売買ができるオンライン取引サービスを、Fresh@Heartは27万5,000米ドルの資金を有する肉と海産物のオンライン小売サービスを提供しています。
オンライン小売業以外では、シティファーム・マレーシア(CityFarm Malaysia)やプラントOS(plantOS)、ポップタニ・アジア(Poptani Asia)といったアグリテックスタートアップ企業が、垂直農業企業向けの水耕農場のアイデア、インフラ、そしてシステムを提供しています。
当然ながら、大規模プランテーションもあります。マレーシアは、ココナッツの生産国として世界でトップ10に入ります。パーム油の生産国としては、インドネシアに次ぐ世界第2位であり、世界の供給量の約25%を生産しています。これらの事業には、パーム農園管理ソフトウェアのサプライヤーであるリンターマックス(Lintrmax Sdn Bhd)や、衛星の画像データを収集・分析し、その情報をもとに農業プランテーションを支援する、アグリティックス(Agritix)のような企業が参入してきました。
グローバル企業の注目も、ここにはありません。農業従事者同士をつなぐ世界最大のデジタルネットワークを自称するウィファーム(Wefarm)では、200万人もの農業従事者メンバーが、質問と回答を毎日40,000件以上もプラットフォーム上で共有していますが、同社は、アフリカ市場に根を下ろしつつあり、アジアでのサービス展開は予定されていません。
多くの小規模農家はソーシャルメディアで情報収集
グローバル規模での小規模農業ビジネス市場への参入は、大きなチャンスを生むかもしれませんが、簡単なことではありません。
その理由は、農業系スタートアップの資金不足や競争の激化とは別のところにあります。ミャンマーを拠点とするスタートアップ企業ビレッジ・リンク(Village Link)の最高経営責任者(CEO)であるエイドリアン・ソー・ミン(Adrian Soe Myint)氏によると、最大の壁は、ロッキー氏のような小規模農家に、ソーシャルメディア以外のテクノロジー、農業専門のアプリやその他のデジタルプラットフォームなどに興味をもってもらうことだそうです。ほとんどの小規模農家にとって、インターネットといえばFacebookであり、「そのエコシステムから外れることはほとんどない」とミン氏は言います。
ビレッジ・リンクのモバイルアプリケーション「Htwet Toe」は、地元の農家を農業の専門家や農業関連事業とつなげる、情報センターおよびデジタルコミュニティとしての役割を果たします。リモートセンシング技術が一体化されているので、それぞれの小規模農家に合わせた精密農法に関するアドバイスを受けることができます。
農業従事者は、農業に関連した衛星データを集めたり、参考になる知見や情報を得ることができるプラットフォームである、ビレッジ・リンクの衛星サービスを利用することもできます。
同社のプラットフォームは、アジアの農業従事者約60万人が利用しています。利用国の内訳は、ほとんどがミャンマー(約98%)で、残りはマレーシア(1%)とタイ(1%)です。ミン氏はこのような割合となっているのは、アプリがビルマ語と英語にしか対応していないからだと考えています。アジアのほかの国にもサービスを拡大したいと考えており、タイやマレーシア、ベトナムといった近隣諸国からスタートする予定です。
ビレッジ・リンクはこれまでにシードファンドとして64万米ドルを調達しています。ビジネスなので生き残るためには収益を上げなければならないこともわかっています。アプリに新機能を追加し、将来的には有料化するつもりですが、今のところは無料でサービスを提供しています。
大切なのは、メンバーやユーザーを獲得することであり、利益を追求することではありません。ほとんどの場合がどちらにも該当しますが、Facebookなどのソーシャルメディアで満足している人たちや、新しい技術に投資する余裕がない人たちに対して、商品またはサービスを売り込む、おそらく唯一の戦略だからです。
金がなる木はない――少なくとも今は
デジタルツールやイノベーションが、農業や農業サプライチェーンの効率を上げ、農業従事者をより稼げるようにする見込みは十分にあります。つまり、農業従事者がテクノロジーにもっと投資できるようになるということです。そうなることで、テクノロジー企業が成長し、新商品やソリューションの開発ができるようにもなるのです。
テクノロジー企業が小規模農家に農業を営んでいくうえで必要な管理を可能にできるソリューションを提供することに成功すれば、この組み合わせは、制限なく飛躍する可能性を秘めています。小規模農業ビジネス市場から「おいしい」収穫をするというこのおとぎ話を実現させるには、スタートアップ企業にはやらなければいけないこと、検証しなければならないことが山ほどあります。
なぜなら、アジアの農業従事者の中ではドリアン栽培業者のロッキー・トイ氏の例は珍しくはないからです。グロー・アジア(Grow Asia)によると、現在、東南アジア諸国連合(ASEAN)の農業従事者のうち積極的にデジタル技術を利用している人は、わずか2.5%にすぎません。ほとんどの農業従事者は、なんとか生きていけるレベルでの作物と家畜で満足している、高齢層なのです。
ロッキー氏は、若い世代の手助けによって、Facebookを使って必要な情報を見つけることができましたが、新しいイノベーションが開発されるのを待っていたわけでも、テクノロジーに精通したミレニアル世代がパラシュートでやってきて窮地から救い出してくれるのをじっと座って待っていたわけでもありません。
「農家が利用できる技術について、もっとこの目で確かめたいし、詳しく知りたいです」とロッキー氏は言います。「でも農場での手作業を楽しみながら働けているので、テクノロジーの助けはそこまでなくてもいいのです」
この記事は、e27のZuzanna Kamusinskiが執筆し(初出日:2020年12月3日)、アマナのパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせは、licensed_content@amana.jpにお願いいたします。