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ビジネスの羅針盤/第3回

 

「自社の名前で商品を作りたい。」社員を引き

付ける熱意と貫く堅実経営の姿勢(後編)

 

松山 剛己(まつやま・つよし)

 

松山油脂株式会社・株式会社マークスアンドウェブ 代表取締役社長。慶應義塾大学卒業後、博報堂入社。三菱商事を経て1994年、実家が営む松山油脂合名会社(現・松山油脂株式会社)に入社し、1995年に同社初の自社ブランド「Mマークシリーズ」をリリース。2000年、松山油脂 代表取締役社長に就任するとともに、別会社としてマークスアンドウェブを設立し同社代表取締役社長に就任。2002年マークスアンドウェブの第1号直営店を丸ビルに出店以降、「MARKS&WEB」ブランドの自然派ソープ、オイルなどが好評を博し、店舗数を増やしている。2006年には松山油脂の工場を山梨県富士河口湖町にも構えた。

 

 

 

■ 「堅実な借金」の基本姿勢を貫く

■  良き経営者の条件

■ 「目標の店舗数は何店舗ですか」

■  お金の使い方は100%自分で決められる

家業を継いでグループ全体で年商80億円を稼ぐまでに成長させた松山剛己氏。経営者として肝に銘じているのは、「社員の年収を増やすこと」。そのためにも、資金に関しては「堅実」な姿勢を貫いてきました。一方、会社がより大きなチャレンジへと踏み出すためには、新たな決断も必要だと感じています。

 

「堅実な借金」の基本姿勢を貫く

私は、借り入れをあまりせず、キャッシュの中で経営するという考え方を持っています。会社の自己資本比率を常に75%、80%と高く保ち、基本的に余剰資金の中で投資していくというサイクルしか頭の中にありません。借り入れる場合も当座貸越枠を作り、キャッシュで安全に返済できる範囲で投資するというように、堅実な借金をしてきました。

 

その私の基本姿勢を支えてくれる環境の変化もあります。手形を振り出す商習慣がだんだんとなくなり、問屋さんや販売店さんから入ってくるお金、つまり当社からすると債権の回収が以前より早くなったのです。それに加えて、直営店の売上が入ってくる時期と、債務を支払う時期の間で毎月15日分の差益が生じ、キャッシュの資金繰りも容易になっています。

 

私がそこまで堅実経営を追求する背景には、子どもの頃に会社が苦しく、母と祖母が内職で食費や学費を稼ぐのを見てきたという原体験があります。また、1994年に家業に戻った頃、下請けで製造した石鹸を売って得られる利益は1個当たり何十銭という単位にしかならず、この時代に苦しんだ経験もいまだに影響しています。そういったところから、いつしかお金の使い方やコストの見方がとても細かくなったのでしょう。

 

 

マークスアンドウェブは、暮らしに寄り添うデイリープロダクト(日用品)を展開するブランドで、フェイスケア・ヘアケア・ボディケアなどの自然派化粧品、生活雑貨などの商品を展開している。

 

良き経営者の条件

実は私は、お金の話が苦手です。幼い頃から母に「お金の話をするのは恥ずかしいことだ」と教わってきたからだと思います。個人的にもお金にはあまり執着がないのです。とは言いながら、肝に銘じていることが一つあります。それは、社員の年収を増やす経営者であること。これを達成することが、良き経営者の条件だと考えています。

 

初の自社ブランドを立ち上げたとき、「自社の名前で商品を作りたい」という私の熱意に若い社員が共感してくれましたが、正直に言って、熱意だけでは社員たちはついてきてくれなかったでしょう。熱意が意味するところを理解し、「この人についていけば給料が増えるに違いない」という期待感が生まれたからこそ、下請けから一歩踏み出し、自社ブランドの実現に力を尽くしてくれたのだと思います。

 

今、グループ全体で約630人の従業員がいますが、12月から準社員やアルバイトを一切なくし、全員を正社員化する方針を打ち出しています。これも、会社の業績の分配をより高め、収入を増やしたいという思いから実施するものです。堅実に成長し、利益を着実に分配する。投資も利潤の中から、確度の高い事業に対して行う。その考えのもとでこれまで自社を経営してきましたし、これからも基本はその考えでいくつもりです。

 

「目標の店舗数は何店舗ですか」

ただ、その考え方を揺るがすような経験をしたこともありました。2006年頃のことです。日本を代表する、とある大企業の経営者に呼ばれ、その本社に赴きました。用件はずばり、マークスアンドウェブを買収したいという話でした。

 

その経営者から「目標の店舗数は何店舗ですか」と尋ねられました。その頃、マークスアンドウェブの店舗数はようやく10に届いたところで、私はかなり思い切った数字として「80店です」と答えたのです。ところがそれを聞いた途端、その経営者は表情をこわばらせ「日本の社会を、そして世界をもっと良くしていくために、僕は500店にしたい。その気持ちがあなたにないなら、この話はここで終わりにしましょう」と言って席を立ってしまいました。

 

ビジョンが全く違う……。そう感じました。私はそれまで自分の会社と社員の暮らしを良くすることしか考えたことがなく、そのためにも、会社が持っているお金の中で堅実に投資しながら会社を成長させようと考えていたのです。しかし「日本」や「世界」を見ているその経営者から、「話にならない」とダメ出しをされたわけです。経営に対する姿勢を根本から考え直さなければいけないのかというくらい、とにかく強烈なインパクトを受けた出来事でした。

 

 

石鹸という日用品を「選んで買う」ことができるのもマークスアンドウェブの魅力の一つ。写真は、6種類の香りから選べるモイスチャーフェイスソープ。

お金の使い方は100%自分で決められる

そのように強烈な経験をしていながら、私は今でも社員に「家計簿経営をしよう」と常に言っています。自分のポケットからお金を出すつもりで設備や機械を購買しよう、つまり、自分の収入に見合った投資をしようという意図です。

 

お金は、稼ぎ方よりも使い方が重要です。稼ぐという行為は自分の力だけで成し遂げられるものではありません。どんなに頑張っていても、外部環境の影響で事業がダメになることもあります。ところがお金の使い方は、100%自分で決められます。お金をどう使うかにそ の人の本質が表れる。だからこそ、賢く使うべきでしょう。いまだに私は海外へ行くとき、ビジネスクラスには乗りません。私がエコノミークラスに乗れば、あと2人連れていく費用が生まれますし、会社にとっても絶対にその方がいい。もちろん人それぞれですが、お金は使い方がとても大事なのです。経営者としては、やはり社員の年収を増やすためにお金を使いたい。年収をきちんと増やす経営者にこそ、社員はついてくるのだという考えが、私のベースに根付いているのだと思います。

未来に向けて、カオスを引き起こせ

 

一方で最近は、こうした考え方で経営しているから事業がそれほど大きくならないのだと感じることも増えました。年商は私が入社した頃の20倍に達していますし、おかげさまでマークスアンドウェブも多くのお客様に愛されています。しかしながら、日本や世界に大きなインパクトを与えるレベルには到底届いていません。自社ブランドを立ち上げた時のように、新たな目標にまたチャレンジしていきたいという思いも正直あります。これからは、必要とあらば自己資本比率が半分になっても勝負すべきなのかもしれない――。そういった考えも最近、ちらちらと頭の隅に兆すようになっています。

 

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