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プロフェッショナルの新・視線/第2回

 

コーチングの手法で若手起業家を「破壊的成長」へと導く(後編)

 

為末 大(ためすえ・だい)

 

元陸上選手、株式会社Deportare Partners代表。1978年、広島 県出身。陸上男子400mハードル日本記録保持者(2020年2月現 在)。2001年世界陸上の400mハードルで銅メダルを獲得。これ はスプリント種目の世界大会で日本人初のメダルとなった。2004 年日本の陸上短距離選手として初めてプロ選手となり、2005年 世界陸上でも2大会連続となる銅メダルを獲得する。五輪にも3度 出場。2012年現役を引退し、スポーツとテクノロジーに関わるビ ジネスを事業とする株式会社Deportare Partners(デポルター レ・パートナーズ)の代表取締役を務める。

 

 

 

■ 破壊的成長が生む「サプライズ・ユアセルフ」

■ 新会社設立を後押ししてくれた先輩経営者の言葉

■ 未来に向けて、カオスを引き起こせ

為末氏は現役選手時代の自らを、「破壊的成長タイプ」だったと分析します。それは現在のインキュベーション事業の根底にも通じ、ひいては今の日本経済の閉塞感を打ち破る妙薬にもなるだろうと為末氏は言います。

 

破壊的成長が生む「サプライズ・ユアセルフ」

――アスリート、特に為末さんのようなプロ選手は「個人事業主」と同じようなものだと思います。その存在を強く示すためのセルフブランディングについて、どう考えていますか。

 

プロになった頃から強く考え始めたのは、「価値とは何か」です。頭に浮かんだのは2つ。1つは希少性、もう1つはメッセージ性です。見る人はおそらくそこに選手固有の価値を感じるのだと思います。

 

希少性とメッセージ性を出すために必要なものはというと、私は現役当時、「サプライズ・ユアセルフ」という表現を使っていました。競技を続けていると突然、良い結果が出たりして、自分自身の心の中で、まるでベルリンの壁が壊れるかのような驚きを体験する瞬間があります。そのとき、自分がびっくりしている感覚と、見ている人たちがびっくりする感覚が重なる部分が、私にとってのセルフブランディングの源だと感じました。言葉を換えると「認識が変わる瞬間」とも言えます。スポーツにはそういう価値を提供できる可能性がある。自分はそれを信じ、現役時代も引退後も取り組んできました。

 

――そのサプライズを生むため、具体的にどういうことを実践しましたか。

 

一番はやはり金メダルを目指すことです。日本選手が短距離で金メダルを取ったら、日本だけでなくアジア選手全体に対する認識が変わる。結局、実現はできませんでしたが、常にそこを目標にしていました。また、そもそもプロになること自体、日本の陸上短距離では誰もやっていないことでしたから、大きなサプライズだったと思います。さらには、陸上をメジャー競技にするための取り組みです。陸上の魅力を多くの人に知ってもらうため、2007年に東京・丸の内の街中で「東京ストリート陸上」をプロデュースしました。これも世の中の認識を変えることを目指した取り組みです。

 

競技における成長には、継続的成長と破壊的成長があります。私は継続して好成績を残すことは苦手でしたが、時に世界を驚かせる破壊的な勝利を収め、その後はスランプに入るタイプでした。これはどちらが良いということではありません。ただ、どちらかといえば破壊的なタイプの方が、世の中の認識を大きく変えられる。自分のタイプに気づけたことで、引退後も、社会の認識の破壊に挑戦する人たちを後押しするインキュベーションを始めようと考えたのだと思います。

 

2007年5月27日に開かれた「東京ストリート陸上」。丸の内の仲通りに50mの陸上トラックを設置し、トップアスリートが走りを披露した。「一般の人々にも陸上のすごさ、楽しさを体感してほしい」と為末氏が発案し、自らも走った。 写真提供:株式会社Deportare Partners

 

新会社設立を後押ししてくれた先輩経営者の言葉

――実際に経営を始めてから苦労したエピソードを教えてください。

 

最も苦しかったのは、社員を増やしすぎて、一部の社員に退職をお願いした時ですね。それは、ひと言でいえば創業者である私の意思決定が誤っていたということで、他人のせいにはできません。現役時代もコーチを付けず、トレーニング方法を含めすべて自分自身で意思決定してきたのですが、陸上での失敗は自分自身で受け止めればいい。ただ経営には自分以外の人が関わってくるので、そう単純にはいきません。私は当初、ビジネスのそうした面を知らずに経営を始めたため、苦しい思いをしました。

 

――コーチを付けなかった現役時代も、時折意見を求めるメンターのような存在はいたと聞いていますが、現在はどうですか。

 

最初はそういう存在は要らないと考えていたのですが、いろいろと課 題に直面する中で、経験者の意見を聴くことは大切だと感じ、人に相談に行くケースが増えました。メンターからのアドバイスで大きな影響を受けた言葉といえば「本気にならないとダメでしょ」、これですね。ある経営者から言われたのですが、ビジネスを始める以上はきちんと数字を出し、クロージングまで持っていかなければ意味がない、そのためには本気にならなければダメだ、と。デポルターレ・パートナーズを設立したのも、従来の肖像ビジネスに頼るのではなく、新たな事業の結果にきちんとコミットするためで、それもこの言葉を聞いたことが大きく作用しています。

 

メンター以外にも、ビジョン型の経営者にはインスパイアされますね。特に、ファーストリテイリングの柳井正さんの話には感銘を受けました。「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という同社のステートメントは、事業に確固としたビジョンを設定しており、参考になりました。また、星野リゾートの星野佳路さんは実際にお会いして話したことがありますが、大きなビジョンを設定しながら、一つひとつ地道に積み上げていく経営スタイルに憧れを感じました。

未来に向けて、カオスを引き起こせ

――今後の事業に向けたビジョンを教えてください。

 

「サプライズ・ユアセルフ」に通じるのですが、人間の能力は思い込みが制限していて、その思い込みを取っ払えば可能性が拓かれると考えています。その考えを事業に取り入れた第一歩がインキュベーション施設の運営で、今後も挑戦する人に“武器”を与え、成長を促す事業に力を入れていきたいですね。要するに、私がやりたいことは、人の可能性が広がることに対する何らかのアプローチであって、本質的には「コーチング」であり「教育」なのでしょう。まずは「デポルターレ・コンプレックス」を成長の空気に満ちた

場にしていきます。

 

近年、様々なプロスポーツリーグが立ち上がり、興味を持ったスタートアップ企業が参入しています。スポーツはデータ解析と相性が良いコンテンツで、データを駆使するスタートアップとのタッグは期待できると思います。さらにスポーツの枠を超え、ヘルスケアなど人々の健康に積極的に関わるところまで含めれば、可能性はグッと広がっていくでしょう。その意味では、デポルターレ・パートナーズの事業は純粋なスポーツ関連の起業に限定されず、広い意味での人体周辺領域といえます。私としてもこのアプローチを深めていきたいですね。

未来に向けて、カオスを引き起こせ

 

――最後に、日本のビジネス界全体を見渡し、将来への展望、さらには同様の立場の経営者に向けたメッセージを聞かせてください。

 

日本社会は維持することには長けていますが、既成概念を壊し、ゼロからひっくり返す変革には弱い面があります。だからこそ、破壊的なイノベーションが重要になるのではないでしょうか。良い意味でのカオスを生み出し、チャレンジを後押しする空気が浸透していけば、人の能力が開発され、日本全体の成長も実現できると考えます。現状をむしろチャンスと捉え、一緒にがんばっていきましょう。

 

(終)

 

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