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プロフェッショナルの新・視線/第5回

 

物語の力で世界をプラスに変えていきたい(前編)

 

 

佐渡島 庸平(さどしま・ようへい)

 

株式会社コルク代表取締役
1979年生まれ。中学時代を南アフリカ・ヨハネスブルクで過ごし、灘高校を経て東京大学文学部に進学。卒業後、2002年講談社に入社。「週刊モーニング」編集部で『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)など数々のヒット作の編集を手掛ける。2012年講談社を退社し、作家の作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行うエージェント会社「コルク」を設立。エンターテインメントの新たなモデル構築を目指し活動を続けている。

 

 

 

■  コロナでマイナス回転した歯車をプラスに転じさせたい

■  物語には世界を変える力がある

■  一瞬で世界に広がり、熱狂させるマンガを作りたい

■  抑圧された欲望を作品の形で解放する

大人気マンガ『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』を手掛けた敏腕編集者として知られ、現在はクリエイターのエージェント会社「コルク」の佐渡島庸平代表。新型コロナウイルスによって社会全体が沈みゆく中、「物語の力で世界を明るくしたい」と語ります。物語の力で現実を変えるとは、一体どういうことなのでしょうか。

 

コロナでマイナス回転した歯車をプラスに転じさせたい

――佐渡島さんが代表を務めるコルクは、「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションに掲げています。今、新型コロナウイルスの影響によって世界が変革を迫られている状況ですが、その中でコルクのミッションについて改めて考え直すことはありましたか。

 

2011年の東日本大震災のときもそうでしたが、今回もコロナによって、いわば外圧的に世界観が変えられてしまいました。そこで変わった世界観に対し、もう一度、「人間って生きている価値があるな」とか、「人と人が接することってやっぱりいいな」とか、一度マイナス回転させられたこの歯車を、どうやってプラス思考に巻き返していくのか。そこに貢献することが、コルクが取り組んでいくべきことかなと思っています。

 

その意味では、コルクが掲げるミッション自体はもちろんこれからも変わらず貫いていくものですし、むしろこの時代に存在価値が増したというか、より必要とされる時代になったと感じています。

 

物語には世界を変える力がある

――このミッションのもと、社会の中で具体的にどのようなことを実現していきたいと考えていますか。

 

小山宙哉さんの『宇宙兄弟』という作品の中では、現在まだ根本的な治療法が見つかっていない難病・ALS(筋萎縮性側索硬化症)が治る可能性のある病気になっていきます。そこでコルクが中心となり、作中でALSの克服に取り組む登場人物の名前にちなんだ「せりか基金」を立ち上げて、ALS治療法の研究開発費として寄付を行っています。

 

もしもこの寄付がきっかけで現実にALSの治療法が見つかったら、物語の力で世界を変えるということが実現するわけです。コルクのビジネスの基本はクリエイターのエージェントですが、その仕事だけにとどまらず、クリエイターや彼らが生み出す作品に関わる様々な活動にも取り組むことで、社会を変えていきたいと思っています。もちろんこれは『宇宙兄弟』に限らず、いろいろな作品で展開していきたいことです。

 

――社会をどういう方向性に変えていきたいと考えていますか。

 

前向きな気持ちで、多くの人が「人生、楽しいな」と思えるようにしたいんです。僕は、物語というものは「北風と太陽」の太陽だと考えています。今回のコロナは、北風で無理やり人々からコートを脱がせたようなもの。でも物語の力は、太陽であってほしい。

 

ある人の人生が変わったとき、その人自身は「自分の力で人生を変えることができた」と振り返るかもしれません。しかし実はその力の源は、以前読んだ物語からきていた……コルクの取り組みでそんなことを起こせるかもしれないと本気で思っています。

 

一瞬で世界に広がり、熱狂させるマンガを作りたい

――コルクで今特に力を入れているプロジェクトは何ですか。

 

SNS上で活躍する新人マンガ作家の育成に注力しています。2019年に「コルクラボマンガ専科」という養成コースをスタートさせました。修了生にはコルクの所属作家になる道が開かれています。

 

マンガの中でも特に注目しているのは“縦スク・オールカラー”(画面を縦にスクロールして読むオールカラー)の作品です。この4月から専科の修了生による縦スク・オールカラーマンガの連載が「LINEマンガ」で始まっています。

 

――なぜ今「SNSで縦スク・オールカラー」なのでしょうか。

 

SNSは今の時代のプラットフォームです。作家が雑誌に作品を載せるとき「なんで雑誌に載せるの?」という疑問を覚えないのと同じように、今の若い世代にとってSNSに作品を発表することは何の抵抗もない、自然なものとなっています。

 

また、縦スク・オールカラーのマンガはスマートフォンで読みやすく、今スタンダードとなっているスタイルですから、世界に向けて発信しやすいという特徴があります。コルク所属作家のマンガがいかに早く世界に知られ、シェアを取っていけるか、そこを狙った取り組みでもあります。

 

これまで、日本のマンガが世界で認知されることを目指すなら、アニメ化が必須でした。ただ、アニメ化されるにはある程度の分量が必要なので、どんなヒット作でもまずは雑誌で2年間くらい連載し、そこからようやくアニメを作ろうという動きになるわけです。そうなると、実際にアニメ作品ができあがるのは早くても3、4年後になり、そこでようやく世界から認知されるという流れでした。

 

それに対して、今はマンガもスピード感の時代。初めの10話だけで世界が一瞬にして熱狂する現象が起き始めています。例えば、マンガではありませんがピコ太郎さんがYouTubeの「ペンパイナッポーアッポーペン」(PPAP)で、一瞬で世界を席巻したじゃないですか。同じようなことをマンガでも起こせる時代がやってきているので、それを早く成し遂げたいですね。

 

抑圧された欲望を作品の形で解放する

――コルクに所属しているクリエイターの方たちと、時代や社会がこの先どう変わっていくかという話をすることはありますか。

 

そもそも今回に限らず、社会がどう変わっていくか、2年後、3年後の社会をどう予測するかといった話は、普段から作家たちとしています。ここ数カ月もそういう話はずっとしていました。

 

コロナに関していえば、自粛要請で「外へ出かけたい」「人とふれあいたい」といった欲望がかなり抑制されました。政府からの要請は解除されたといっても、まだまだ手放しで楽しめる状況ではありません。となると、抑えつけられているその欲望が、この後どういう形で登場してくるのか。中世のヨーロッパではペストの後にボッカチオの『デカメロン』が出ましたし、スペイン風邪の後は日本でも不倫モノが流行りました。そう考えると、人間の様々な欲望を全肯定するような作品が、コロナの後には日本も含めて世界的に流行するかもしれません。

 

欲望のままに生きる現実世界の人間は反感を持たれ、ネットでもメディアでも叩かれがちですけど、物語の主人公が欲望全開で生きるぶんには喝采を受ける可能性もあると思っています。ただし、それがどのようなタイプの欲望なのかは、まだ読めません。ちょっとした時代の変化でも変わるものでしょうし、どういう欲望が受け入れられるのだろうかと常に考
えているところです。

 

後編に続く