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ビジネスの挑戦、成長をサポートするトピックス/第1回(前編)

 

古典落語に学ぶ「経営者の心得」

与太郎&旦那に学ぶコミュニケーション術

 

  落語家 林家正蔵

1962年生まれ。1978年、父、林家三平に入門。前座名「こぶ平」。1981年、二ツ目昇進。1987年、真打昇進。2005年、九代林家正蔵を襲名。2014年、落語協会副会長就任。

 

 

 

■ 与太郎も「個性」と認める組織

 

■ 「社長と社員」は「栴檀(せんだん)と南縁草(なんえんそう)」の関係?

落語の登場人物を会社組織に当てはめると、「旦那」は会社オーナー、「番頭」は現場の統括、「小僧」は一般社員、「長屋の店子」は顧客となるでしょうか。これらのキャラクターが繰り広げる物語には、「人付き合いの心得」や「相手の心に響く伝え方」といった、日本人ならではのコミュニケーションの秘訣が潜んでいます。その中でも特に経営者の参考になりそうなものを、古典落語の名手といわれる林家正蔵師匠に伺いました。

 

 

与太郎も「個性」と認める組織

古典落語のストーリーには、できた人物というのはほとんど登場しませんね。おっちょこちょいで失敗ばかりしている八っつぁんや熊さん、知ったかぶりなご隠居さん、遊びが過ぎて親に勘当された若旦那などなど。意気地がなかったり、トラブルに巻き込まれたり、恥をかいたりと、本当に困った人たちのオンパレードです。

 

 

中でも、ダメ人間のチャンピオンのような存在が与太郎。ぼーっとしていて、ヘマばかりしている間抜けなやつです。例えば『牛ほめ』という噺では、父親から「おじさんが新しい家を建てたから、褒めてこい」といわれて懇切丁寧に褒め方を教えてもらうんだけれど、とんちんかんな間違いをしてしまう。こんな与太郎が今の世の中にいたら、周りからいじめられるか無視されるのが関の山でしょう。

 

 

ところが、落語の世界ではそうじゃないんです。周囲は、与太郎をけっして仲間外れにしないんですよね。長屋の男どもが廓(くるわ)に遊びに行こうとなったとき、「与太郎は間抜けで粗相するといけないから置いていこう」とは言わないの。「与太郎も一緒に吉原に行こう」っていうのが『錦の袈裟』という噺です。『寄合(よりあい)酒(ざけ)』では、「与太郎はしょうがねえな」とか言いながらも宴会に誘う。同じ長屋に住んでいるんだから、仲良く暮らしていきましょうよということなんでしょうね。

 

 

これは、今の時代に大きな教訓になるような気がするんです。現代の組織では、与太郎のような人間、つまり「こいつは役に立たない」と判断されたような人間は、排除されてしまいがちでしょう。でも、落語では排除しないんだなあ。たぶん、それを個性ととっているんでしょうね。「しょうがないやつだけど、あいつがいないと寂しいね、つまらないね」となる。そうした考え方は大切だと思います。

 

 

嫌いな人や性格が合わない人に対してもそう。『長短』という噺は、極端に気の長い人と気の短い人が出てくるんですが、結局二人は仲良しだという内容です。気が合わなくてもいいんです。そりゃあ、たくさんの人がいたら、気が合わない人がいるのが当たり前でしょう。でも、一緒に仕事をしよう、何かを作り上げようというのは別の話。違う性格を認め合ったり、競い合ったりするから組織は強くなるんだと思います。

 

 

最近では、よく多様性とかダイバーシティと言いますよね。性別、国籍、人種を超えて、企業が多様な人材を積極的に活用しようということだそうですが、多様性を高めれば生い立ちや考え方が違う人が増えるのは当然のこと。そんな組織をまとめていくには、与太郎のような「個性」を大切にする古典落語の心が必要だと思います。

 

 

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「社長と社員」は「栴檀(せんだん)と南縁草(なんえんそう)」の関係?

古典落語には、企業のトップにぜひ聞いていただきたい噺も数多くあります。中でも、お勧めしたいのが『百年目』という噺です。江戸時代の商家が舞台で、そこの番頭というのが真面目一徹の堅物で通った男。店の隅々まで目を光らせて、小言ばかり言っているもんだから、店の中はピリピリ。旦那さんもいるけれど、実務はこの番頭が仕切っているという具合。今の会社に例えれば、番頭さんが社長で、旦那さんは会長といったところでしょうか。

 

 

そんなある日、「じゃあ、お得意さんのところに行ってくる」と言って、堅物の番頭が店を出る。そして、少し離れた駄菓子屋さんに入ると、2階にとんとんっと上がっていく。そこで洒落た着物に着替えて花見に出かける。実はこの番頭、律儀で堅物というのは仮の姿で、かなりの遊び人なんです。この日も、お得意さんのご接待のために、芸者衆をあげてどんちゃん騒ぎをするのです。

 

 

ところが、そこにたまたま通りかかったのが、医者と一緒に花見をしていた旦那。目隠しをして鬼ごっこをしていた番頭は、よりによって旦那をつかまえてしまう。目隠しをとって呆然とする番頭。それに対して旦那は叱ることもなく、「この人は大事な人だから、怪我をしないように遊ばせてくださいね」と芸者衆に言って、すっと帰っていくんです。

 

 

もちろん、店の金を使ったわけではなく、いわば接待費で遊んでいたのだから問題はないんですが、普段とは正反対の姿を見られ、番頭はいっぺんに酔いがさめてしまいます。店に帰っても一睡もできず、夜逃げしようかと思っていたところに、ようやく旦那からお呼びがかかる。覚悟を決めた番頭の前で、旦那は穏やかに語り始めます。「お前、眠れなかったろう。私も眠れなかった。何をしていたかというと、今までの帳面をずっと見ていたんだが、見事に一文の穴も空いていない!」。つまり、お前が使い込みを一切していないことは分かったよと、まず旦那は伝えたわけです。そして、栴檀の木にまつわる話を聞かせます。「栴檀は双葉より芳(かんば)し」の栴檀ですね。

 

 

「栴檀という素晴らしい香木の周りには、南縁草という粗末な雑草が生えている。昔ある人が、この雑草を刈ったら栴檀まで枯れてしまったんだそうだ。栴檀と南縁草は持ちつ持たれつの関係だったわけだ。栴檀というのは、この店ではお前のことだ。そして小僧たちは南縁草のようなもの。お前が露を降ろすことで南縁草が育ち、さらにそれが肥やしとなって栴檀が元気になる。ところが、最近はこの南縁草が枯れそうになっている。ひとつ、南縁草に露を降ろしてやってくださいな」

 

 

旦那は、かんで含めるようにそう話すんです。実にいい噺じゃありませんか。下の者が元気でないと、組織は枯れてしまうというのは、会社だけでなく、どんな世界でもいえることです。往々にして、できる人ほどトップに立つとワンマンになって突っ走ってしまうもの。人の上に立つ人にとって、この噺はとってもいい教訓になるのではないかと思うのです。

 

 

後編に続く