老舗もベンチャーもスタートアップも必見! 経営に活かすM&A

前編:事業承継はM&Aで円満解決

 

M&Aと聞くと、「大企業の話」と思われるかもしれませんが、実は中小企業にとっても、事業に大きな変革をもたらす経営手段ということができます。前編では長年、経営を続けてきたベテラン経営者の皆様に向けて、事業承継をM&Aで解決する方法をご紹介します。事業承継について、「子どもは継ぐ気がない」「従業員にも後継者としてふさわしい人材がいない」と悩んでいる人は多いことでしょう。そんな中、事業を社外の第三者に譲渡する、M&Aによる事業承継が注目を浴びています。東京商工会議所 東京都事業引継ぎ支援センター プロジェクトマネージャーの木内雅雄氏に話を伺いました。

今後10年間で国内中小企業の約半数が世代交代を迎える

 

中小企業では経営者の高齢化が急速に進んでいます。1995年時点で中小企業の経営者年齢で最も多いのは47歳でしたが、2015年には66歳が最多となっています。一方、平均引退年齢を見ると、小規模事業者(製造業その他で従業員20人以下、商業・サービス業で従業員 5人以下)では平均70.5歳と、こちらも高齢化の傾向にあります。背景には、事業の引き継ぎ手がなかなか見つからないという現実があるとみられます。これらの調査から、今後10年間で中小企業の約半数が世代交代の時期を迎えることが予想されます。

 

 

近年は「社外の第三者」による承継が4割近くに増加

出典:中小企業庁委託「中小企業の資金調達に関する調査」(2015年12月、みずほ総合研究所(株)) (再編・加工)

 

 

かつては事業の引き継ぎ手の9割以上が親族でした。しかし近年は4割以下にまで減り、代わりに社外の第三者が引き継ぐ、M&Aによる承継の比率が高まっています(図)。このような状況を受けて、国は親族に事業を承継する人がいない経営者の相談先として事業引継ぎ支援センターを立ち上げ、各都道府県に窓口を設けています。

 

事業承継には、①息子・娘などの親族による承継、②親族以外の役員または従業員による承継、③社外の第三者による承継(M&A)の3パターンがあり、それぞれに課題と対策があります。

 

①息子・娘などの親族による承継では、息子・娘など事業を引き継ぐ人物を後継者として育成しなければならないという課題があります。また、株式の譲渡のタイミングや税金対策も問題となります。それが難しい場合は②親族以外の役員または従業員による承継を検討することになりますが、そもそも譲り渡すことのできる人材がいないケースが多く、いたとしても、その社員が株式を譲り受ける資金を調達できないという問題があります。また、金融機関から融資を受けている企業が多く、この会社債務に対する個人保証の取り扱いも問題となってきます。

 

 

中小企業の「買い手」も増えている

 

このような事情から、「M&Aで事業を第三者に譲渡したい」という中小企業経営者が増えているのですが、さらに「中小企業を買収したい」という買い手側企業も増えており、状況を後押ししています。国内市場の伸びが期待できない中、企業を成長させるには、同じマーケットや隣接する分野で活躍する企業を買収し、事業を拡大させることが大きな力になります。また、近頃の深刻な人手不足で、システムの受託開発業や建設業を筆頭に、買収で人手を確保しようというニーズも高まっているからです。

 

このような背景を受けて東京都事業引継ぎ支援センターへの相談件数は、この5年余り拡大を続けています。平成29年度は譲渡希望363社、買収希望512社と、買収希望が譲渡希望を上回り、相談件数・成約件数とも過去最多となりました。事業承継先が決まっていない企業、特に親族への承継が困難だという経営者の方は、早めに各地域の事業引継ぎ支援センターに相談して、承継の道筋を立てていくことが大切だと思います。

 

このように中小企業のM&Aは増えているのが現状です。経済産業省では2018年度中に、中小企業のM&A情報を集めたデータベースを日本貿易振興機構(ジェトロ)を通じて外資系企業に提供する計画で、さらにこの動きは加速しそうです。では次に、「社外の第三者への事業承継を成功に導くポイントは何か」を見ていくことにしましょう。M&Aコンサルティングで数多くの成功事例を持つ、スターシップホールディングスの畠嘉伸氏に話を伺いました。

 

M&Aによる事業承継で会社も従業員も輝き続ける

株式会社スターシップホールディングス 代表取締役CEO畠  嘉伸 氏

税理士・米国公認会計士。株式会社スターシップホールディングスで後継者不足に悩む企業に対するM&Aコンサルティング事業などを行っている。

 

後継者不足に悩む中小企業にとって、M&Aは最も現実的で、今後も企業の成長が期待できる事業承継の手段です。M&Aは2011年から右肩上がりに拡大しており、2017年には中小企業も含めて1万件以上に上るとの調査結果もあります。それらの7割は首都圏にある企業ですが、最近は地方で大きく伸びているのが特徴です。地方では、地元で「名士」と呼ばれる人たちが会社を経営している場合が多いのですが、そのような人たちのM&Aに対する意識が変わったことも大きいでしょう。これまでは「うちが買収されるなんて(よそに知られたくない)」という意識が強くあったと思います。

 

一般的には利益が出ていないとM&Aは難しいですが、組み合わせ次第で利益を生み出せるケースが数多くあります。成功した事例を二つ紹介したいと思います。

 

 

事例 ①  企業価値を伸ばしてから売却するパターン

     写真はイメージです。

 

一つ目は、ある経営者からM&Aによる事業承継を相談された一件です。「売却時に株式売買代金として1億6000万円欲しい」と言われたのですが、試算してみると9000万円ほどにしかなりませんでした。しかし、その会社の中をよく見てみると、仕入れ先、営業のやり方、販売方法、会議の進め方などを抜本的に変えることにより、企業価値を高められることが分かりました。当社が3年間コンサルタントとして入り、てこ入れをした結果、売却額が1億6000万円になるまで利益を拡大することができたのです。中小企業にはまだまだ伸びしろがあり、磨けば光る企業がたくさんあります。そのような企業は業績を向上させて、希望する株価になってからM&Aに臨むこともできます。

 

 

 

事例 ②  ブランドとアセットを活かしたパターン

 

買収された自分の会社がその後どうなるのか、心配な方も多いと思いますが、M&Aで自社のブランドとアセットを活かすことができるので心配はいりません。実は、当社が手がけた事例はほぼこれに当てはまり、M&Aでは王道のパターンということができます。

 

北陸のある食品会社経営者(60代後半)から受けた相談も、そのような事例の一つです。息子さんは大企業に勤めており、後継者がいません。その会社の商品は長年地元の人たちに親しまれ、お店は他社が出店できないような好立地にあります。経営者が工場を改築しようと、地元の銀行に融資を申し込んだのですが、高齢のため追加融資が受け入れられませんでした。そこで自社を売却し、若い経営者にバトンタッチすることで活路を見いだそうと、当社がM&A仲介を行うことになりました。結果、30代半ばの若い経営者が取り仕切る別の食品会社が買収することになりました。

 

これにより、食品会社で働く“熟練の職人”を含む従業員、工場、店舗などを消滅させることなく買収先企業に引き継ぐことができたのです。買収側としては、その食品会社が長年培ってきたブランドや技術、好立地に立つ店舗を得ることができたわけです。新体制のもと、工場改築の融資も受けることができました。買収する側・される側、両方にとってWin-Winの結果になったのです。

 

事業承継は「第二創業」とも呼べるくらい、重大かつ大変なイベントです。そのような認識を持っている経営者は少ないのが現状ですが、M&Aで解決することができます。事業承継のステップや手続きも重要ですがそれ以外に、双方Win-Winとなる条件を探り、実現していくことが大切です。

 

M&Aによる事業承継を検討している方は、次の3つのポイントを押さえて準備をしましょう。一つ目は業績を向上させること。二つ目は経営者が一カ月、会社にいなくても事業が回る仕組みを整えること。三つ目は経営計画を立てるとき、期数とともに自分の年齢と、ご子息(またはご息女)の年齢を書いて、承継に向けた実感を持つようにすること。これらを押さえた上で、M&Aコンサルタントや各地域の事業引継ぎ支援センターなどに相談に行くのが良いでしょう。

 

後編は「M&Aで『第二の起業』にチャレンジ!」と題し、自社を売却して次の起業に挑戦しようとする方に向けたM&A活用法をご紹介します。