出版社の営業職から書店経営へ。「映画上映会で関連する本を紹介していた」
——その店構えから、代田橋駅前で独特の存在感を放っていますが、あらためて、どんなお店なのかを教えてください。
2021年4月にオープンした、店舗スペースが3畳ほどしかない超狭小書店です。古本を中心に、新刊を少し、それからZINEやリトルプレスといった通常の流通には乗らない本も扱います。名前のとおり、僕の趣味でもある旅や登山に関する本を中心に、映画や音楽に関するもの、小説や漫画など、さまざまなジャンルを取り揃えています。お子さん連れもよく通るので、絵本も置いています。
店内の様子
——もともと映画雑誌を刊行する出版社にお勤めだったそうですが、同じ本を扱う仕事とはいえ、書店という異職種に挑戦された理由は何だったのでしょうか?
まずは、自分が営業の部署にいた、というのが大きかった気がします。つまり、書店さんに非常に近いところで仕事をしていて、本の流通や売り方について、ひととおりの知識があったからイメージがしやすかったんですね。
それからバックパックブックスには、実店舗以前に、じつは前身となる個人的な活動がありました。僕はかつて、友人たちとバーや本屋などで映画の上映会を企画していたことがあって。その際、上映する映画に合わせて5冊ほど本をセレクトして、コメントをつけて会場で販売する、というような活動をしていました。
そのときに屋号として名乗っていたのが「バックパックブックス」で。映画を見に来たお客さんに「この映画が面白かったら、同じような手法を使ったこんな本がありますよ」「これを読んだら映画の理解がもっと深まりますよ」といったふうに本を紹介するわけですね。その頃から、人や本との出会いの場に身を置くことに面白さを感じていて、それが実店舗へとつながっていきました。
宮里祐人氏
散歩中に見つけた、元・八百屋の冷蔵庫スペースを書店に
——なぜ代田橋という地を選ばれたのでしょうか?
もともと住んでいたから、です(笑)。今年で5年目になります。これまで東京で2回ほど引っ越しを経験していますが、いままでで一番落ち着くし、すごく気に入っていて。自然と「やるならここだな」と。
——代田橋駅の目の前という好立地ですが、この物件はどうやって見つけられたのか教えてください。
ここは、もともと隣にあった八百屋さんの冷蔵庫スペースだったんです。あるとき、散歩をしていたら、最近まであったはずのお店がなくなっていることに気づいて。代田橋はいい街ですが、以前から、駅前などのアクセスしやすい場所に書店がないことが残念だな、と思っていたんですよ。立地もいいし、スペース的にもほどほどだし「ここに本屋ができればいいのに」「誰かやらないかな」と思って。
——その「誰か」に名乗りを上げた、と。でも、より広い、八百屋さんの店舗部分ではなく、狭い冷蔵庫スペースのほうに目がいったのはなぜですか?
単純に、店舗だったほうはシャッターが降りていて、外からなかが見えなかったんですけど、冷蔵庫スペースのほうはガラス扉だったので、なかが見えたんですよね。見えたことで、自分がここで本屋をやっている姿がイメージできた、といいますか、「もしかしたら自分にもできるかもしれない」と思えたんです。また、駅のど真ん前という好立地ですが、極端に狭い(笑)。ということは、そこまで家賃も高くないだろうという目算もありました。
ただ、いきなり難関にぶつかりました。不動産屋さんと話してみたら、この物件は隣の広いほうと両方セットで借りないといけないテナントだったんです。ただ、それだと自分の考えていた予算をオーバーしてしまう。多少無理すれば借りられなくもない額だったのですが、「小さいほうだけで、なんとかなりませんか」と交渉をしました。「こんな好立地ですし、自分がやっていたら、絶対隣を借りたくなる人もいるはずです。その自信もあります」と説得し、最終的には了解を得ることができました。
バックパックブックスを開く前の店舗の様子
——お店はどのようにつくっていかれたのでしょうか?
準備期間は3か月ありましたが、まだ前の会社でも働いていたので、年末の休みとか、土日を使って作業を進めました。店で使っている棚はほぼ手づくりなのですが、それまで日曜大工なんてしたことなかったので、とりあえず近所のホームセンターで道具や資材を買ってきたものの、「さて、どうしたものか?」みたいな感じでした(笑)。散歩がてらいろいろな建物を観察しては、「これはどういう構造になってるのかな?」と想像したりしながら、徐々に自分の店のイメージを膨らませていきました。
——つまり、内装などは全部DIYなんですね。
はい。というか、この店に合うサイズの什器がどこにも売ってなかったんですよ(笑)。だからつくるしかなかったし、自分でつくったほうがあとあとレイアウトを変更したくなったときに動きやすいじゃないですか。単純に買ってきて済ませてしまうのは、じつは自ら選択肢を狭めていることでもあるな、って。もちろんケースバイケースで、プロにお願いしたほうがいい部分もある。でも、その前にちょっと立ち止まって「自分でつくれるか?」と考えてみることも大事なのかなと思います。結果的に、それが自分のできることの幅を広げてもくれますし、お金も節約できますしね。
DIYでつくった棚
バックパックのように、「本当に大事なもの」が詰まった本屋を
——3畳というスペースを巧みに、魅力的に見せているのは宮里さんの手腕だと思うのですが、むしろこの広さだから良かったことはありますか?
僕はオールラウンダーではないので、得意な分野が偏っています。もし、いまよりもっと大きな規模のお店をやろうとしたら、本屋未経験の自分には正直ちょっとしんどかったと思います。この広さであることで、無理なくやれているのは間違いないですね。
それから、「狭い」ことが、バックパックブックスという店のコンセプトと非常によくマッチしていたというのもあります。こう名づけたのは、僕自身が旅や登山が好きというのもあるのですが、もうちょっと精神的な意味も含んでいて。読むと少し気持ちが楽になったり、「どこにでも行けるぞ」「なんでもできるような気がする!」みたいに、読者の背中を押してくれたりするような本を置きたい、という想いがありました。
それに、旅に持っていくバックパックは大きさに限りがあって、本当に必要な、大事なものしか入れられないじゃないですか。僕にとって、そしてお客さんにとっての「本当に大事な本」が詰まった本屋になったらいいなと思って、この店名を名乗っています。
——現在、バックパックブックスに来られるお客さまはどのような方々が多いでしょうか?
昼間は、ご近所の年配の方が多いですね。あとは、子ども連れのお母さんとかお父さんも。「この場所はなんなんだろう?」と思うのか、興味本位で覗き込んでいかれるお客さんも少なくありません。そして夜は、自分と比較的年齢の近い20〜30代くらいの人が、仕事帰りにふらっと立ち寄ってくれます。代田橋は飲み屋がたくさんあって、住んでいる人は、どちらかというと単身者が多い。渋谷や新宿にも近く、かつ快速が止まらない分、隣の笹塚より家賃が下がるので、自分も含めてけっこう若い住人が多いんです。
——開店時に、具体的にイメージしていた客層などがあれば教えてください。
駅前という立地もあり、子どもからお年寄りまで、誰でも気軽に立ち寄れるお店をイメージしていました。もしこれが路地裏で営業する、ジャンルをしぼったマニアックな店とかだったら、話は違ってきたと思います。でも、代田橋に住む一生活者として、「駅前に気楽に立ち寄れる本屋が欲しいな」というのがそもそもの出発点でもあったので、客層を限定するようなことは考えませんでしたね。ちょっと変な佇まいの店なので、一瞬躊躇するかもしれませんが(笑)、ぜひ いろいろなお客さんに気軽に来てほしいです。
絵本も取り扱っている
——例えば、平日は14〜19時に開けて、一旦閉めて21時に再開など、直近の営業時間をツイッターなどのSNSで告知されていますが、こうした営業時間になったきっかけは何だったのでしょうか?
つねに状況を見つつ、フレキシブルに変えながらやっています。きっかけは、新型コロナウイルスで、人の流れがかつてとは大きく変わってしまったことです。
——2021年4月ですから、そもそもオープンしたのがコロナ禍の真っ最中だったわけですよね。
そうなんです。最初の頃は、平日も土日も13〜21時と、わりと普通の営業時間だったのですが、飲食店の営業自粛が始まって以降は、とにかく夜に人が歩いていないので、開けていても誰も来ない。また、夏・冬の極端に暑い / 寒い時期も、人の流れが途絶えることがわかってきて。最初の1年間は、とにかくコロナの状況と季節に合わせて試行錯誤の毎日でした。
最近では、飲食店も通常営業になってきたので、ようやく街に人の流れが戻ってきたと感じています。だから、営業時間も終電くらいまで延ばしました。夜、仕事を終えて遅くに帰ってきたとき、駅前に灯りのついたお店があると嬉しいじゃないですか。自分だったら、ふらっと寄ってしまうだろうなと思うので、夜はそういう似たもの同士のために開けているようなところもありますね。
お店同士でお客さんを紹介することも。代田橋の緩やかな連帯
——お話から、代田橋という土地に根ざしたお店を目指されているのが伝わってきます。あらためて、この街の魅力とはどんなところにあるとお考えですか?
個人店が多いところでしょうか。かつ、自分の店も3畳とすごく狭いですが、駅周辺は、そのくらいの規模感のお店がほとんどなんですよね。飲み屋さんも、5人も入ればいっぱい、みたいな。街もコンパクトなので、みんな顔見知りで、本当に肩を寄せ合って生きている感じです。
——お店同士での助け合いもあるのでしょうか?
具体的に何か相互扶助のシステムがあるとかではないんですけど、緩やかな連帯みたいなのはあると思います。自分の店に来たお客さんが関心ありそうだったら、お店同士で「近くに面白い店があるので、よければ行ってみてください」と勧め合うとか。
例えば、代田橋には泡盛を多く取り揃えた酒屋さんや沖縄料理屋さんが集まっている「沖縄タウン」というエリアがあるのですが、そのなかに「納戸」という2階がギャラリーになっている立ち飲み屋がありまして。19〜21時の中休みに一杯飲みに行ったりしているんです(笑)。広い意味でカルチャー寄りの人たちが集まっているので、そこで一緒になった人に「僕、駅前で本屋をやっていて、これからお店に戻って開けるところなんですよ」と言うと、何人かが帰りに寄ってくれたりして。逆に、「納戸」のギャラリーでやっている展示のDMをうちのお客さんに渡して、お勧めしたら行ってきてくれて、またその感想をお店で話して盛り上がったり。
そうそう、ご近所のお店といえば、自分がやっていたら絶対隣を借りたくなる人もいるはず、と不動産屋を説得した話をしましたが、隣の八百屋さんだったスペースにもお店が入ったんですよ。
お隣は、ロボ宙さんという、スチャダラパーとも一緒に活動をしているラッパーの方です。お店の名前は「omiyage」といい、レコードや雑貨などを売っています。
「omiyage」ができてからは、周辺にどんどん新しいお店ができ始めています。DJのDADDY-KANさんたちが経営する「スタンド喫茶 ジュークボックス」という、昼はカフェ、夜はバーのお店だったり、沖縄タウンの古着屋「喜楽」が、つい先日、うちのお店とは反対側の出口ですが代田橋駅前に移転してきたり。近しいカルチャーを持ったお店がまわりに集まってきてくれるのは、本当に心強いです。
初期投資を抑え、手の届く範囲で。「自分は何をしたかったのか」に立ち戻る
——今後挑戦してみたいことや何か新たな構想などはありますか? また、これから自分でお店を始めてみたい、と思っている人たちに何かアドバイスをお願いします。
新しいことを始めるよりも、むしろ、自分の足元を見つめ直さなきゃと思っています。いまは、現状くらいの固定費で、しっかり働いて、しっかりお金を残して、しっかり休む、ということに力を入れたいです。
正直、やりたいお店は人それぞれだと思うので、安易に言えることはないのですが、1つは「自分にとって、無理のない規模感でやる」ということが大事だと思います。
お店を始める少し前に、自分の好きなクラブやバーを経営している方たちにアドバイスを求めたのですが、誰もが口を揃えて「最初はできるだけ小さくやったほうがいい」と言っていました。つまり、初期投資はなるべく少なく、自分の手が届く範囲でやるべき、と。お店を始めると、あとから「こんなところにもお金がかかるのか!」となることが絶対あるので、そのときまで、なるべく手持ちをキープしておくことも必要かなと思います。
それから、先ほどの「足元を見つめ直す」という話ともつながってきますが、「自分は何をしたかったのか」と、基本のところにすぐ立ち戻れるようにしておくことも大事だと思います。やっぱり店を開けていると楽しいので、つい休み返上で仕事をしてしまいがちで。でも、思い返してみれば、自分が会社を辞めた理由の一つに「休みたいときに休み、行きたいときに行きたい場所に行く」というのがあった。それができなくなってしまったら、本末転倒です。それに、旅の本を売っているのに、自分は旅をする時間がない、みたいなのも嫌ですしね(笑)。なので、10月はちゃんと休みを取って、山岳書の名著『黒部の山賊』(山と渓谷社)に出てくる伊藤新道というルートを登りに行ってきました。本や人を介して興味を持った場所には実際に行ってみる、ということを続けていけたらいいなと思っています。
また、代田橋にはお酒好きの人が集まってくるので、儲けを考えれば「お酒を売る」という選択肢も浮かんできます。やったほうがいいのかも、と思いつつ、お酒を売り始めてしまったら、お酒を飲む「だけ」のお客さんの割合が大きくなることも予想されます。そして、お酒で売り上げが立ってしまったら、「本が売れなくても、まあいっか」という気持ちが芽生えてきてしまうかもしれません。それではもう「本屋」ではなくなってしまうし、これもまた本末転倒です。だから僕は、自分が大事にしているものの存在を忘れることなく、いまの仕事を続けていきたいですね。
■プロフィール
宮里祐人
1989年生まれ。大学院でメディア社会学を学んだ後、新卒で出版社へ。映画系出版社、語学系出版社にて、6年間書店営業の経験を積む。2021年、東京・代田橋に3畳1間の書店・バックパックブックスを開業。趣味は登山。
https://twitter.com/backpackbooks29(※外部リンクに移動します)
■スタッフクレジット
取材・文:辻本力 編集:服部桃子(CINRA)