今回は、第7回の強みが弱みになっているという話の続きです。大手得意先との取引が強みだというケース。ある東北の会社は食品加工の老舗で、大手スーパーと取引していました。「この大手さんとの実績があるから、うちはここまで伸びてきた」。そこの社長は自慢げに、私に話してくれました。けれど、調べてみると、その大手との取引の赤字が尋常ではなかった。
食材を仕入れて加工しているのですが、原材料費がべらぼうに高い。どうしてそれに気づいていないかというと、昔の標準原価で見ているからです。標準原価というのは、原価計算のときに使う原材料の標準となる原価のこと。日々価格が変動する原材料の場合、管理会計では、この標準原価を使うことが多い。けれど、この標準原価を何年も見直していない会社が多いのです。昔の原材料単価では黒字でも、その後値段が上がったり、中国から輸入しているので為替が変わったりして、赤字になってしまったのです。
利益に結びつかないものは強みではない
このように、自社では強みだと思っているところが、実は弱みになっているという残念な会社は、非常に多い。強みは本当の強みじゃなきゃいけない。多品種少量生産が強みだというなら、それをアピールしてしっかり単価をもらわなくてはいけない。
多品種少量生産がさほど収支管理をしなくても儲かったのは、大量生産から少量生産への過渡期だった2000年代までの話です。少量生産の単価が安くなった今は、緻密な収支管理をしなければ、多品種少量生産は強みではなく、弱みです。企業経営において、利益に結びつかないものを強みと呼ぶ理屈は通らないはずです。
また、品質が強みというならば、得意先が海外に移転しても注文は減らないはず。得意先から価格を下げろと言われても、高品質をたてにはねつけられます。仮に原材料費が取引当初より高くなってきたら、取引を見直せばいい。きちんと原価を示せば認めてもらえることも多いのです。
先ほどの食材加工の老舗会社の場合は、相手がコストにうるさいことで知られる大手チェーンだったこともあり、値上げを認めてもらうのは難しいかもしれない、赤字を垂れ流すのであれば、取引をやめるしかないなと私は思っていました。社長も、私の意見に同意してくれました。
ただ、原価表は相手のところに持っていってくださいと頼んだ。こちらの勝手な事情でやめるのではない、採算が合わないからやめるのだと言うために。すると、大手のバイヤーは「分かりました。では、これまでの価格は見直し、2割高く買いましょう」と言ってくれたそうです。こちらから何割の値上げという数値は一切提示しなかったのに、向こうからそう言ってくれた。スーパーの人も、原材料代がどれくらいかかるかは分かっていたのですね。
向こうにしてみれば、「ようやく気づいたんだ」ということだったのでしょう。「その単価では赤字だろうけど、社長がその単価でいいというならば、それでいいや。それとも原価をちゃんと計算していないのかもしれないな。でも知ったこっちゃない……」。スーパーのバイヤーの本音は、おそらくそんなところだったのだと思います。あっさりと値上げしてくれたので、社長は拍子抜けしたそうです。
「こんなことが本当にあるの?」と信じられないかもしれませんが、現実によくあります。私自身、どんな相手でも原価を示せば理解が得られるのだと、この食材加工会社の再生を通して改めて思いました。
勘違いしてほしくないのですが、私は「値上げ論者」ではありません。中小企業の単価が安過ぎるだけです。あまりに安い。この現状を変えなければならない。採算を見て、きちんと利益を乗せて、得意先に請求してくださいと、中小企業に言っているだけです。
再生の現場では、ほぼ百発百中で値上げに成功しています。今まで大赤字だった会社が、あっという間に黒字になります。単価を上げるというのは、即日で効果が出ますから、当たり前のことです。強みが事実なのであれば、価格交渉したらいい。価格が上げられないなら、別の得意先に力を振り向ければいい。それすらもできないというなら、そもそも、強みだと思っていることが、客観的には強みではないということなのかもしれません。
「私は財務が苦手でして」と悪びれずに言う経営者がたまにいますが、財務オンチで済む時代は完全に終わりました。これからの人口減少時代では通用しないと断言します。「強みを伸ばせ」なんて聞こえのいいフレーズを連呼するのではなく、しっかりと現実を把握して「弱点を埋めろ」と周りの人は言うべきです。
正しい原価計算をしている会社が少ない
原価管理について、さらに考えていきましょう。正しい原価管理をしている会社は、とても少ないのが現状です。私が再生に関わる中小企業は製造業が多い。製造業に限れば200社以上は見てきましたが、原価計算がきちんとできていた会社は今のところ1社もありません。もちろん、優良な中小企業であればそうではないのでしょうが、この現実にはさすがに驚いています。
何の製品がどれだけ儲かっているかも分かっていない。それでよく経営ができるなあと思います。これも右肩上がりの経済の名残なのでしょう。新しい取引を始めるときも、過去の実績が分からないのに、どうやって見積もりをはじいているのか、不思議です。
「原価計算をしていますか」と尋ねると、「やっています」と答える経営者が多いのですが、実際には、おそらく適当な計算しかしていません。正しい原価計算をせず、採算が取れているかも分からないまま、取引が継続している。
「うちはサービス業で製品を作っているわけではないので、原価は存在しない」という経営者がたまにいますが、どんな業種にも原価があります。売った商品、売ったサービスのために使った原価がある。製造業もサービス業もそれは同じです。
利益は売り上げから原価を引いたものです。利益を増やすには、売り上げを増やすか、原価を減らすかしかない。だから企業活動において原価管理は極めて重要です。名経営者として知られる京セラ創業者の稲盛和夫さんは、創業間もない頃に「売上最大、経費最小」というフィロソフィ(哲学)を掲げました。そして、アメーバ経営という手法を使い、その考えを組織の隅々まで徹底させました。
大きな組織を小さなグループごとに細かく採算管理するアメーバ経営は、とても素晴らしい手法だと思いますが、私はそれ以上に「売上最大、経費最小」という経営の鉄則を、ひたすら追求したことに注目したいのです。「売上最大、経費最小」はシンプルですが、奥が深い。経費を最小にするため、もちろん稲盛さんは原価管理も徹底的にやりました。だから、京セラを一代で1兆円企業に育て上げることができたのだと思います。
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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