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ビジネスの羅針盤/第2回

 

先代の「想い」や「礎」を受け継ぐことこそが事業承継の本質(前編)

石渡 美奈(いしわたり・みな)

 

 

ホッピービバレッジ株式会社 代表取締役社長。立教大学卒業後、日清製粉(現・日清製粉グループ本社)に入社し、人事部に所属。1993年退社し、広告代理店でアルバイトを経験した後、1997年、祖父・石渡秀氏が創業し父・石渡光一氏が社長を務めるコクカ飲料(現・ホッピービバレッジ)に入社。自ら広告塔として積極的にメディア出演するなど同社の主力製品「ホッピー」の魅力を伝える活動を展開し、5年間で年商3倍・年30%の増益を達成した。2003年副社長となり、2010年3代目社長に就任。

 

 

 

■ “第三創業”が始まった日

■ 「成功」「失敗」という評価は禁止

■ 心を磨けば数字はついて来る

■ お金は成長のための道具

大手メーカーと広告代理店での勤務を経て1993年、祖父が創業したホッピービバレッジに入社した石渡美奈氏。入社当時は、「本社と工場の意思疎通ができていない」「社員の

モチベーションが上がらない」など社内の問題が山積していましたが、組織改革や社員育成に力を入れ、5年間で年商3倍・年30%の増益を達成しました。2010年に社長に就任

した後も、右肩上がりで業績を伸ばし続けています。父親で同社代表取締役会長の石渡光一氏が亡くなった今、先代が築いた「礎」の大きさを改めて感じていると言います。

 

“第三創業”が始まった日

2019年8月16日、ホッピービバレッジ2代目(代表取締役会長)の父、石渡光一が亡くなりました。かねて病気療養中でしたが、現役で走り続けたいという思いの通り、最後まで現役のまま見事に走り切ったと思います。ホッピービバレッジは、祖父の石渡秀が1905年に10歳にして東京・赤坂で始めた商店を起源に、1910年、秀水舎として設立されました。主力商品であるビールテイストの清涼飲料「ホッピー」は、1948年に本社のあるこの赤坂の地で製造・販売を開始したものです。おかげさまで、時代を超えて焼酎やリキュールの割材などとして愛され続けています。

 

大学を出てから他の会社で働いていた私が、父が2代目社長を務めるホッピービバレッジに入社したのは1997年のことです。2003年、取締役副社長となりましたが、その前年に父から「いずれおまえにバトンを渡す。譲ると決めたら自分はもう口を出さない。心を共にしてやっていける社員を育てていきなさい」と言われました。それは、私が3代目として後を継ぐことが決まった日だといえます。おそらくこの瞬間、会社を継ぐには綿密に準備し、自分の組織を作っていかなければならないという思いが生まれ、そこから私の中に3代目としての新たな創業、つまり“第三創業”という言葉が自然と立ち上がっていきました。

ホッピー

 

 

 

 

ホッピーは焼酎割りなどで広く親しまれている。

「成功」「失敗」という評価は禁止

当時、会社の売上高は8億円程度で、業績はどん底。私は、家業とはいえまだ入社から5年しか経っておらず、経営のイロハも知らない頃ですし、代表権のない取締役ですから細かな財務上の数字も聞かされていませんでした。そうした状況で目の前の課題に一生懸命取り組み、2010年には代表取締役社長の座を父から引き継ぎ、2018年は売上を低迷時の5倍の40億円にまで伸ばすことができました。

 

今、振り返ると、当時は「ホッピーに対する世間の評価が自分の思うものとは違う」という違和感から出発し、「ホッピーには時代が求めるものに合った価値があるはず。それをアピールしていきたい」と考え、ホームページやラジオ番組で発信していった結果、気がつくと「5倍」という数字に達していた、というのが本音です。そこに至る自分の施策が「成功」した結果だとは思っていません。

 

そもそも「成功」「失敗」という評価はしないように心がけています。例えばある若い社員がお客様先を訪問し、怒られて帰ってきたとして、それを「失敗だったね」と決めつけたら、そのお客様のところへ行くのが怖くなってしまうでしょう。これでは問題点を改良しようという意欲をそぎ、成長につながる貴重な芽を摘んでしまいます。反対に「成功だね」と評価すると満足してしまい、やはり改良に向けた気持ちがなくなる、つまり満足も恐怖も成長を止めてしまうのです。ですから社内では「失敗」「成功」という評価自体を禁じています。

心を磨けば数字はついて来る

目標についても、もちろん会社として目指す数字は毎年立てますが、経営環境は時々刻々と変わっていくものですから、数字に振り回されず、とにかく目の前のテーマに一生懸命取り組むことが大切だと考えます。その結果、取り組みが正しければ数字はついて来る、数字がついてこなければ何かが間違っている――。私はそのような考え方をします。

 

社長教育で最も大切にしていることは「心磨き」です。会社が成長していくためにも、また社員、個人個人が成長していくためにも、必要なものは「礎」です。ブレない強固な礎を築くためにも大切なのが、「心」を磨くこと。弊社では、年4回の社員との1 o n 1(社長面談)を導入しています。30分間社員が私に話したいことを話す時間です。この1 o n 1をはじめあらゆる場で、「心」が大切だと伝えています。

 

もちろん「心」だけでは経営していけません。会社の礎を支えるもう一方の重要な要素として、いうまでもなくお金があります。

 

2代目である私の父や、その父である創業者の代には、いろいろとお金に困った経験もあったと聞いています。ところが私自身は、父や祖父が築いてくれた礎の上で仕事をしているので、ありがたいことにお金で苦労した経験はここまではありません。私が経営に携わるようになって以降、実態としては無借金経営を続けています。金融機関との付き合いは父までの代でしっかり固まっていて、その付き合いを継続する意味でも、また自分自身を客観視するためにもお取引は大切にしていますが、基本的には自己資本での経営ができています。

お金は成長のための道具

古くから関係のある信用金庫や銀行、新たなる金融機関様と取引を続けるのは、付き合いの中で、会社としての立ち位置が間違っていないかを確認できるからです。取引行には毎月1度社員が出向き、私自身も半期に1度は訪れて、業務内容や財務の報告をしています。そこで先方の反応を見れば、自分たちの仕事や計画している業務がプロの目から見て正しいかどうかわかりますし、また私は借り入れを断られた計画は実施しないという1つのものさしを持っているので、良き相談相手になっています。おかげで、設備投資で大きな資金が必要となったとき、「ホッピーさんのためなら」と気持ちよくお金を貸してもらえることが多いので、こちらとしても積極的な姿勢で借り入れることができます。

 

現在、工場の拡張計画を構想中です。また、赤坂の本社は祖父が買った創業の地であり、父もここで亡くなったので、会社にとっては大切な場所。しかし建物がだいぶ手狭になってきました。私の代で、工場だけでなく本社もリノベーションすることになりそうで、これから大きな投資が必要になるでしょう。お金は会社を成長させ、社会のためにより役立つ存在にしていくための道具であると私は考えています。ですから綿密な計画のもと、父から事業承継した会社を守っていく責任ある立場として、思い切って借り入れもしながら会社を成長させていきたいと考えています。

 

後編に続く