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ビジネス&お金の羅針盤/第2回

 

先代の「想い」や「礎」を受け継ぐことこそが事業承継の本質(後編)

 

石渡 美奈(いしわたり・みな)

 

ホッピービバレッジ株式会社 代表取締役社長。立教大学卒業後、日清製粉(現・日清製粉グループ本社)に入社し、人事部に所属。1993年退社し、広告代理店でアルバイトを経験した後、1997年、祖父・石渡秀氏が創業し父・石渡光一氏が社長を務めるコクカ飲料(現・ホッピービバレッジ)に入社。自ら広告塔として積極的にメディア出演するなど同社の主力製品「ホッピー」の魅力を伝える活動を展開し、5年間で年商3倍・年30%の増益を達成した。2003年副社長となり、2010年3代目社長に就任。

 

 

 

■ 先代から継承するものとは

■ 事業承継の思わぬ広がり

■ 必要なものは「覚悟」

事業承継するに当たっては、「相続税対策をどうするか」といったことばかりに目が行きがちですが、もっと大切なことがあると石渡美奈氏は言います。それは先代の「想い」を、経営者も社員もしっかりと受け継ぐこと。同時に経営者は“負の要素”にもきちんと目を向け、改善していく強い覚悟が必要だと石渡氏は強調します。

 

先代から継承するものとは

2019年8月に父が亡くなったことで、正真正銘の事業承継が動き出しました。承継に当たっては、父が所有していた株式や土地、建物を引き継ぐという事務的な処理がまずあり、その部分でお金が必要になります。これについてはもちろんしっかりと準備して臨みますし、すでにある程度の用意もしてあります。ただ、事業承継には資産的なものだけでなく、 ほかにも先代から受け継ぐべきものがあります。それは「想い」であり、まさに先代が築き上げた「礎」の承継です。

 

当社は利益が出ていたので株価が上がっており、事業承継に向け父に退職金を出す形で株価を調整しようという提案もありました。しかし私の中では、父を現役のまま送ろうと決めていたのです。父本人も、直接は言わないものの、きっとそう願っていたことでしょう。ですからそれはやらないことにしました。相続にかかるお金よりも、とにかく父の気持ちを 優先したかったのです。その結果、事業承継で借り入れが必要になったとしても、喜んでそうするつもりでした。

 

私がその方針を話すと、公認会計士も金融機関も理解し、協力してくれたので、今回晴れて父を現役のまま送ることができました。実際に、亡くなったのち、父も喜んでいたと母から聞いたので、そこについてはやり遂げることができたとホッとしています。

 

 

石渡社長の父、石渡光一氏は地域貢献にも力を尽くした。写真は氷川神社のお祭りでの模様。

 

事業承継の思わぬ広がり

2010年に3代目社長を継いだとき、自分の処遇は自由にしていいと父に言われました。私は先ほど言ったように最後まで現役で送ろうと思っていましたし、自分が名実ともに社長になるには10年かかると考えていたので、少なくとも10年は代表権を持ったままでいてほしいと父に頼み、複数代表制をとりました。それから9年と半ば、ほぼ10年経って父は亡くなったわけです。父が「いずれ譲る」と話してくれた2002年から2019年8月まで、20年近い時間を事業承継のための準備期間として用意してくれたのだと思います。

 

その父が亡くなった後に気づいたことがあります。それは、事業承継をしたのは私だけではなかったということです。父は私に社長を譲ったあとも現役経営者として、会社や地域にまつわる歴史の話や社会人としての働く姿勢や心構えの話、商品に対する想いなど、社員たちにたくさんの話をしてくれました。だから、父の薫陶を受け、ホッピービバレッジの哲学を受け継いだ社員たちが、今こうして私と共にいてくれます。父がいなくなって大変ですねとよく言われるのですが、思いを一つにしている社員たちがいるので、実は大変なことなど何一つない――。そこで初めて、父が残してくれたのは「礎」だったのだと気づいたのです。その「礎」を、私一人ではなく、社員みんなが継承しているのだと。私は社長という立場、オーナー家という立場から継承しましたが、社員たちはまたそれぞれの立場で、事業を受け継いでくれた。そう思ったときに、「ああ、事業承継とはお金や事務的な部分だけではないのだ」と身にしみて感じました。

 

それに加えて、父は赤坂で生まれ育った人間として、地元の氏神様である氷川神社や地域の行事への奉仕に一生懸命でした。そのため、会社だけでなく地域にも、父の想いを受け継いでくれた人がたくさんいることを今、実感しています。父は「自分が稼いだ金はすべて氷川神社のために使いたい」と常々言っていました。なので、相続が終わったら、父が夢見ていた山車の復活や江戸のまつりの再興に、父が残してくれた財を役立てたいと考えています

必要なものは「覚悟」

私自身まだ大きなことは言えないのですが、承継に必要なものがあるとすれば「覚悟」だと思っています。私の場合は家業に戻った時点、つまりまだ会社を継げるかどうかもわからなかった頃から、自身の思いとしては「継ぐんだ」という覚悟を持っていました。事業承継をするときは、先代から良いものだけを受け継ぐわけではありません。当然、負の要素もあるわけです。私が副社長になる頃の話ですが、祖父の代から支えてくださった大事なパートナー企業が、いつしか関係性に甘えるようになり、支払いもだらしなくなっていました。このままでは悪影響を被ると感じた私は、それまで長い間の感謝は感謝として、心を鬼にしてその企業との取引をやめたことがあります。結果的に600万円ほどの損失になりました。 良かったか悪かったは正直申し上げて分かりません。しかし、あの経験が自分の中に代表者への覚悟を育てたと感じています。

 

会社を継いだら、父だけではなく私の会社にもなります。ですから私にとっての負の部分には、覚悟を持ってきちんとけじめをつけなければ、会社を守っていけません。そういう意味でも、決して否定的にではなく、肯定的に新しい会社を創業していくという、確固たる覚悟が必要なのです。長年伴走してくれた父を見送った今、まさに今こそが本当の意味での“第三創業”。独り立ちの時と感じています。心を新たにし、これからの仕事に臨んでいく覚悟でいっぱいです。

 

(終)

 

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