株式会社ビームス
ビームス創造研究所
クリエイティブディレクター

青野 賢一

 

 

いつの時代も、価値判断は「自分」がする

これほど肩書の多い人も珍しい。ビームス創造研究所のクリエイティブディレクターとして他大企業のクリエイティブ戦略を担ったかと思えば、時には個人の名前で映画や音楽、食のエッセイを雑誌に綴り、DJとしてリスナーに心地いい音楽を届ける。

 

「ただ自分がいいと思ったものに素直にいるだけです」という気負いのない答えからは、多くの肩書を持ちながら、そのどれにもとらわれることがない、青野氏の生き様が垣間見える。多様な領域をボーダーレスに行き来する才人にとって、人生を楽しみ尽くすために欠かせない「プラチナモーメント」とは。

 

 

比較しても意味がない。自分がどう思うか

現在50歳を迎えた青野氏は、自身が担当する「BEAMS RECORDS」の店舗を覗いてこう述べる。 「店舗に足を運んでもらって期待するのは、偶発性と満足感。新しいものに出会える機会って、意外と少なくなってきています。今までに自分が見たことのない、何かと出会えるのが店舗の良さ。その中で満足してもらえる体験を提供したい。なので、店舗で取り扱うレコードやCDも“流行りだから”でなく個性的な作品を選ぶようにしていますね」。


ビームスと出会ったのは大学一年の夏。

「まだ都内には、原宿と渋谷にしか店舗がなかった時代です。原宿を歩いていたら、ふとアルバイト募集の張り紙を見つけて、世間知らずにも履歴書も何も持たず、その場でお店に直接申しこみました」。その後、大学を卒業した年に入社を決めた。入社のきっかけは「良かったらおいでよ」程度の軽い誘いだったそうだ。店舗の販売スタッフからプレスに異動し、ビームスの音楽領域を担う「BEAMS RECORDS」にも、立ち上げから関わり続ける。

 

現在、青野氏がクリエイティブディレクターを務めるビームス創造研究所は独特な組織だ。カバーする範囲はファッションだけではない。他企業のPR戦略を練ったり、一緒にものづくりをすることもある。

 

「ひとつ約束事として、この組織はビームスという会社の看板を掲げるのではなく、自分の名前で勝負する場所。自分の裁量で仕事ができる反面、自分自身の力で社会と信頼関係を築いていかなければいけない」。個人のバリューを外でどう生かすか、これまで培ってきた経験がつながっている。

華やかな経歴に対し「自分から動くのは苦手。流れに身を任せてきただけです」と笑うも、「キャリアを選択するうえで“比較”することだけはしてこなかった」と話す。「AとBを比べてこっちの方がトクだなとか、メリットがあるという選び方はしません。直感的に楽しそうと思えたり、ワクワクしたり、その瞬間にいいと思った自分の感覚で選ぶようにしています」。

 

心動く“何か”と出会える瞬間を求めている

大事なのは、世の中的に価値があるかどうかではなく、自分にとって価値があるかどうか。「比較しない」という考え方は、物の選び方ひとつとっても一貫している。

 

「バブルのときは、このブランドだからいいとか、高いからいいというような統制的な価値観があって、それを売る側として身をもって体感しました。バブル崩壊後、多くの人が自分の足元を見はじめた。自己顕示として消費することがカッコ悪いよね、という価値観が浸透しました」。一方で、コスパや利便性を追求する昨今、“選ぶ”判断軸の画一化も起こっている。社会の変化に伴い、いいものの基準も日々揺らぐ。だからこそ、いまも昔も、自分軸で選択をする青野氏に多くの人は憧れる。

 

「物を選ぶ基準は…持っていて“嫌じゃないもの”かな」と、少し止まってこう紡ぐ。ふと手元に置かれた私物に目が行く。名刺入れも手帳も長く使い込まれているのがひと目で分かる。「気分がいいものって、はっきりとした定義付けはできないし言語化が難しいですが、“嫌じゃない”は明確にあると思うんです」。

 

「どれも、最初から長く使うだろうと意気込んで購入していません。嫌じゃなかったから手元に残って、結果、それがいいものになっていくのかもしれない。一生物ってよく言いますが、そんなものはなかなかない。気負わずに自分の感覚で選べばいいんです。物との出会いは運みたいなところもあるから、そういう一瞬を大事にしたい」。

不確実だからこそ魅力がある、と言葉を続ける。「心が動く瞬間に出会いたいと思いつつ、それを意図的に求めていくことはしません。だって答え合わせをしたっておもしろくないでしょう。期せずして出会った瞬間にこそ、価値があると思うから」。偶発性の中で、自分がいいと思える何かに出会える瞬間。それが青野氏にとっての「プラチナモーメント」だ。

 

青野氏に新しくなったメタル素材の「プラチナ・カード」を手にとってもらう。 「色や形よりも、手に持ったときの重みがいい」と話す。心が動くのは、メタルならではの「ウエイト感」だ。「前時代的な顕示的主張がなく、シンプルなのに重みがある。手にした瞬間に感じられる“存在感”がいいですね。抑制の効かせ方にプラチナ・カードの品格を感じます」。いいものは、物そのものが魅力を語る。押し付けがましいのは苦手なので、と笑う。

何気ない求人広告をきっかけにファッション業界に足を踏み入れてから、30年が過ぎた。ビームスも、原宿も、東京も、人々の価値観も、目まぐるしく変化を遂げた。青野氏自身も時代に合わせて緩やかに、時に流されながら、これからも自分を信じて進み続ける。

青野 賢一

 

株式会社ビームス ビームス創造研究所

クリエイティブディレクター


1968年東京生まれ。大学1年の夏より原宿「インターナショナルギャラリー ビームス」で販売アルバイトを開始。卒業後、株式会社ビームス入社。販売スタッフ、店次長を経てプレス職に。1999年、音楽部門「BEAMS RECORDS」の立ち上げに参画。現在までディレクターとして関わる。2010年、個人の力を主に社外のクライアントワークに生かす「ビームス創造研究所」発足に際してクリエイティブディレクターとして異動。他企業の販促企画やイベントの企画運営、他ブランドのクリエイティブディレクションなどを行う。映画や食、音楽関連の執筆、DJ、選曲をこなすなど、幅広いジャンルで活躍する。