老舗もベンチャーもスタートアップも必見! 経営に活かすM&A

後編:M&Aで「第二の起業」にチャレンジ!

「経営に活かすM&A」、後編の今回は、M&Aで自社を売却し、次の起業を目指すことをテーマにお送りします。起業したばかりの比較的若い経営者を含め、日本の経営者にもそのような夢を持つ方が増えているようです。しかし、そのあたりの情報はなかなか表に出ることが少なく、実情がよく分かりません。そこで今回、起業して自社を売却した経験を持つ、株式会社ハカルス 代表取締役CEOの藤原健真氏に、ご自身の経験を教えていただきました。

 

事業の拡大・継続性を考えた末の選択がM&Aだった

株式会社ハカルス 代表取締役CEO 藤原 健真 氏

 

私はこれまで4つの会社を起業し、最初の3社は日本の上場企業や米国企業に売却しました。1社目は2004年に起業したデジタルサイネージの会社でした。2社目は2007年に創業した映像コンテンツの会社。3社目は2011年に創業したシェアオフィスの会社。3社を売却し、今は2014年に起業したハカルスで代表取締役CEOを務めています。

 

「なぜそんなに起業するのか」とよく聞かれますが、ベンチャー企業を立ち上げるときのフェーズが好きです。会社が軌道に乗ると、もう次の起業のことを考えています。その背景に、私が1995年から99年まで通っていた米カリフォルニア州立大学での体験があると思います。当時は「ドットコム・バブル」で、学生は皆、就職活動として事業計画書を書いてベンチャーキャピタル(VC)を回り、資金を集めて起業していました。それはもう強烈な経験でした。それで「自分もベンチャーを立ち上げよう!」と日本に帰国し、2004年に1社目を起業しました。当時は20代で若かったので、「大手にいかに勝つか」「どうやって競合を打ち負かすか」、まるでゲームを楽しんでいるかのような感覚もありました。

 

米カリフォルニア州立大学卒業後、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現・ソニー・インタラクティブエンタテインメント)を経て2004年に最初の起業を経験。その後も2社を起業し、いずれも売却後、2014年1月にAIベンチャーの株式会社ハカルスを創業。少量のデータで効率的に動作する「スパースモデリング」型AIを活用し、医療分野や産業分野に貢献するサービスを開発している。

 

1社目を売却した時、創業メンバーと涙を流しながら議論したのを今でも覚えています。そもそも会社を売却しようなどと考えていませんでしたから。会社に値段がつくなんて、思ってもみませんでした。それがたまたま買収したいという企業が現れ、実際に売ることができた。つまり最初から自社を売却しようと考えていたわけではなく、経営を続ける中で、会社のイグジット(exit)の手段として、M&Aという道があることに気づいたのです。売却した2008年当時はVCも、企業が自社の戦略目標のために投資するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)もありませんでした。

イグジットすると、創業者は金持ちになれるとよくいわれます。しかし、私はリターンをそれほど得ておらず、収支はせいぜいとんとん。他の人も、そんなものではないかと思います。では、なぜ売却したのかというと、事業をさらに拡大し、継続させるために、ベストな方法だったからです。IPO(株式公開)をするよりM&Aで大手企業の傘下に入る方が、会社にとって良いと判断したのです。売却段階になると従業員は数十人にまで増えており、彼らの行く末も考えなければなりませんし、その意味でも売却先がどのような企業であるかは慎重に吟味します。私は売却先が上場企業で経営が安定していること、社員がキャリアを積んでいけることを絶対条件としています。

  写真はイメージです。

会社経営は商品開発と似ている

 

自社を「売れる会社」に育て上げるにはどうしたら良いか――。会社経営は商品開発と似ています。商品を開発するとき、「金儲けをしよう」と作ったものは売れません。そうではなく、世の中の未解決の問題を解決する商品を作るから売れるわけです。それと同じで、世のため人のため、様々な問題を解決しようとするから会社は成長し、買い手も現れるのだと思います。私の周りを見渡しても、「金持ちになろう」と思って起業した人は大体、失敗しています。何より、金持ちになることを目指すには、起業はつらすぎる。経営する中で心が折れる瞬間が何回もあるので、しんどくて途中で諦めてしまうのです。

 

実はハカルスも、最初のIoT事業がうまくいかず、途中からスマートフォンアプリ開発に特化する事業にシフトしました。しかしそれもうまくいきませんでした。そんな中、当社のアプリに組み込まれたアルゴリズムに興味を持たれたお客様がいて、それをきっかけに、そのアルゴリズムにフォーカスし、AIベンチャーとして成長局面に入ることができました。現在5期目で、途中2回も事業転換したわけです。手を変え、品を変え、ようやく軌道に乗った状況です。私自身、創業当時のアイデアでそのまま会社が成長したことは1度もありません。「それでもやる」という覚悟と、「事業を通じて社会の課題を解決する」という目標があるから、続けられたのだと思います。

IT業界だからイグジットをしやすいというわけではなく、他の業界でも同じです。製造業のような成熟した業界でも、大企業が小さな企業を買収する事例はたくさんあります。大企業にも「自社に足りない」「欲しい」と考えているものが、まだまだあるわけです。将来、自社を売却するつもりなら、「世の中の企業が何を欲しがっているか」について、常に嗅覚を研ぎ澄ますことが大切です。

 

買収先を見つけるにあたって様々な方と話をする機会がありますが、自分の会社を魅力的に伝えられるようにコミュニケーション能力を高めておくことも大切です。経営者は常に「人間力」を磨く必要があります。技術やビジネスモデルはその後についてくるものです。「恋愛」と同じで、意中の人を見つけたら、必死になって相手の懐の中に入っていこうともがきます。その力がビジネスを推し進めるカギになるのだと思います。